山口百恵「いい日旅立ち」谷村新司さんが全国ツアー中に思いついた歌詞がサビに

「いい日旅立ち」山口百恵 1978年11月21日リリース

谷村新司さんが全国ツアー中に思いついた歌詞!

デビュー曲から楽曲を担当してきた、千家和也さん、都倉俊一さんを起用するという暗黙の了解を打ち破り、音楽活動の幅を広げる為に、新たな作家の曲を歌わせたいと考えた、山口百恵さんの担当ディレクター。

宇崎竜童さん、阿木耀子さんのコンビを起用し、「横須賀ストーリー」や「プレイバックPart2」を、ヒットさせ新たな山口百恵像を作り出す事に成功しました。

この成功から、制作サイドは、さらに積極的に、色々なアーティストを起用するようになりました。浜田省吾さん、ジョニー大倉さん、来生えつこさん、松本隆さんといった、個性的なアーティストに楽曲提供を依頼。

1977年には「さだまさし」さんが書いた「秋桜」を歌い、チャート最高位3位、約46万枚の売上を記録。多くの人達の記憶に残る名曲として、その後も、歌い継がれていきました。

こうして、国民的スタートとなった山口百恵さんの元に、現在のJR、旧国鉄から、キャンペーンソングの依頼が届きました。ただし、条件が1つ。キャンペーンのキャッチコピーであった「いい日旅立ち」を、曲のタイトルと、歌詞の一部に入れる事。

実はこの国鉄のキャンペーンは、赤字だった国鉄だけでは予算が足りず、製造車両の日立と、国鉄元社員が多い日本旅行の2社を加えて3社でのキャンペーンに。その為、日本旅行と日立の名前から「日・旅・立」をパズル的にタイトルに組み込んだのが「いい日旅立ち」というキャンペーンだったのです。

そこで、担当ディレクターが思い浮かべたのが、アリスの谷村新司さんでした。谷村さんも、かつて百恵さんに「ラストソング」という楽曲を提供。その曲のイメージが、今回の条件に、ぴったりだと考えたのです。

谷村さんは、当時、アリスとして全国をツアーしていました。そこから、アーティストならではの、こんな歌詞を書いてきました。「ああ、日本のどこかに 私を待ってる人がいる」

このフレーズを聴くと、ファンの元へと旅する、百恵さんの姿が思い浮かぶと評判になり、100万枚を超える大ヒットとなりました。

2006年には、文化庁と日本PTA全国協議会が選んだ、「日本の歌百選」にも選ばれています。廃止となった寝台特急「トワイライトエクスプレス」では、始発駅発車後と、終着駅到着前の、車内放送のBGMに採用されていて、このメロディの、乗車記念オルゴールも車内販売されていました。

ちなみに、このキャンペーンはコンペ方式で行われていて、「いい日 旅立ち」に敗れてボツになったのが海援隊の「思えば遠くへ来たもんだ」です。


【カバー】

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