英語の歌詞がウリだったのを日本語詞でと条件をつけられ決断した「There will be love there -愛のある場所-」the brilliant green


「There will be love there -愛のある場所-」the brilliant green
1998年5月13日リリース

he brilliant green、ベースの奥田俊作さんと、ギターの松井亮さんは高校の同級生。バンドを結成したいとボーカルを探していたとき、別のバンドでボーカルをしていた川瀬智子さんがローリング・ストーンズのカバー「As Tears Go By」を歌っているのを見て一目惚れ。何度もアプローチをかけて、the brilliant greenを結成しました。

イギリスのロックバンドが奏でるUKサウンドに大きな影響を受け、歌詞も全て英語で、バンド活動をスタート。デモテープの完成度がアマチュアのレベルじゃないと業界関係者の注目を集め、メジャー契約。

1997年に「Bye Bye Mr.Mug」でデビューを果たします。

当時のディレクターに、1万枚売れたらご馳走すると言われて、意気揚々と結果待ちをしていたのですが、なんと1万枚に届かず。自分達は売れると信じていたメンバーは、大きなショックを受けます。そして、続けてだしたセカンドシングル、「goodbye and good luck」も売れませんでした。

UKを彷彿とさせるバンドサウンドは、洋楽ファンに評価されたものの2枚のシングルは、どちらも全編英語の詞。その為、コアなファンには評価されても、一般層にまで届かなかったのです。

そんな時、the brilliant greenにドラマの主題歌の依頼が舞い込みます。打ち合わせの会議の席では、テレビ局の人たちが沢山並んでいて、条件が出されました。「日本語の歌詞でお願いします」

これまで英語の歌詞を貫き通して来たメンバーは、戸惑います。しかし、決断を迫るテレビスタッフ。そこで、この曲だけという条件で、日本語の歌詞という提案を受け入れました。ただし、バンドのサウンドは変えませんという逆の条件をつけました。

こうして生まれたのが、There will be love there -愛のある場所-UKを意識したサウンドに、日本語の歌詞。これがテレビから流れると話題になり、チャート1位を獲得。the brilliant greenは、一気に花開いたのです。

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