新宿系自作自演屋」という名刺を作って、 音楽関係者に配り注目された!「歌舞伎町の女王」椎名林檎

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「歌舞伎町の女王」椎名林檎
1998年9月9日リリース

1998年に「幸福論」でデビューした椎名林檎さんでしたが、彼女の意思とは別に、レコード会社によって今よりも、ポップなカラーで、売り出される事になります。

ところが、逆にその強烈な個性が埋没し、どんな音楽がやりたいのかが、わかりにくくなったのも事実。その為、インタビューなどではたびたび、「何系の音楽なんですか?」と聞かれる事も。その時、彼女が答えのが「新宿系」という答えでした。

1990年代中盤は、ピチカートファイブやフリッパーズギターなどの渋谷系が注目されている時期で、その洗練された渋谷系に対し、ちょっとアクの強いという意味で、新宿系と答えたのが始まりでしたが、わかりやすいと、意外とウケが良かった為に、聞かれる度に「新宿系」と答えるようになりました。

自分の歌を多くの人に聴いてもらうには、メディアに取り上げてもらわなければ…と思っていた椎名林檎さんは、自ら、「新宿系自作自演屋」という名刺を作って、
音楽関係者に配るようになります。

歌舞伎町の女王は、福岡から上京したての頃、よく風俗のスカウトに声をかけられたので、それをヒントに作られた曲。

自分の実体験を元に詞を書く、椎名林檎さんにはめずらしく、風俗街で働く女性の人生を想像しながら書いた、完全なフィクション。実はこの曲を書き上げた頃は、まだ1度も歌舞伎町に行った事はありませんでした。

この「歌舞伎町の女王」シングルチャートでは最高50位でしたが、この曲がきっかけで、椎名林檎=新宿系というフレーズが定着し、注目されるように。

椎名林檎という存在のセルフプロデュースに成功した彼女は、これ以降、確固たる地位を築いていきます。そして、この曲が収録されたファーストアルバム「無罪モラトリアム」は、160万枚を超える大ヒットとなっています。

1stアルバム『無罪モラトリアム』が160万枚、 2ndアルバム『勝訴ストリップ』が250万枚を超えるセールスを記録。センセーショナルなセルフプロデュースと確かな音楽センスで、椎名林檎という存在を確立させていったのでした。

【カバー】

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