ZARD「揺れる想い」メディアに出なくてもZARD初の、シングルチャート1位に

「揺れる想い」 ZARD 1993年5月19日リリース

バンド名は「危険」のHazard、「吹雪」のBlizzard、「魔法使い」のWizardから。メディアに出なくてもZARD初のシングルチャート1位

1位を獲得したシングルが12作、アルバムの1位獲得数は11作、しかも、そのうちミリオンを達成したアルバムは実に9作品にのぼるのに、神秘的なイメージの強い、ZARD。それは、いくつかの偶然が重なって、作り上げられた物でした。

まずはバンド名。
「危険」という意味のHazard、「吹雪」のBlizzard、「魔法使い」のWizard、どちらかというとマイナスイメージのある言葉の最後についているZARDという言葉から、ロックをイメージさせる事にしました。

しかし、強いバンド名とは逆に、ボーカルの坂井泉水さんは、とても繊細で、歌番組に出るたびに、極度の緊張から体調を崩し、以降、歌番組はおろか、TVやラジオなど、メディアへの出演も、控えるようになりました。

ZARDのテレビ出演は、デビューから、わずか数回。メディアに出ないのは、戦略ではなく、必要に迫られての事だったのです。

となると、主な露出は、CDのジャケット写真と、プロモーションビデオに絞られました。写真1枚と、限られた映像で、ZARDを表現しなければなくなりました。

坂井泉水さんは、元々モデルなどをやっていて、美人で、セクシーな要素もあったのですが、ZARDには、多くの女性ファンがついていたので、女性に、親近感を持たせる為に、美人過ぎないカットを選ぶ事にしました。

そのため、当初からずっと髪型を変えず、流行を意識しない服装、メイクも薄く、ピアスもイアリングも出来るだけ付けず、部屋着のような服装にして、親近感を持たせようと考えました。

テレビにも出ない、ライブも行わない、なのに、聞く人に寄り添い、なぜか親近感のあるZARDというイメージは、こうして、出来あがっていったのでした。

この曲「揺れる想い」がリリースされた、1993年には、もうTV出演は一切しなくなっていました。それでもこの曲は大塚製薬「ポカリスエット」のCMソングとして大量に流れました。一色沙英さんが、ポカリスエットをカゴに入れた自転車で坂道を全力で登っていきます。その先にはサヨナラ負けした野球部の先輩がいて、みんなが帰っても一人で練習を続けていました。そんな先輩にポカリスエットを差し出すというストーリー。ポカリのCMといえば青春というイメージを作った名作です。こうしたCM効果もありZARD初の、シングルチャート1位に輝きました。

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