レコード会社に作られたイメージを払拭するアマチュア時代からの曲!「ここでキスして」椎名林檎

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「ここでキスして」椎名林檎
1999年1月20日リリース

過激なイメージのある椎名林檎さんですが、子供の頃は、とても恥ずかしがり屋、だったそうです。学校で先生に指されると、すぐに、ほっぺたが真っ赤になってしまう事から同級生に「リンゴみたいだ」と、からかわれました。それが、椎名林檎という芸名の由来の一つです。

でも決して引っ込み思案だったわけではなく、歌うことが大好きだった彼女は、中学生のころには、すでに、音楽で食べていく決意をしていたそうです。その為に、積極的に、いろんなオーディションを受けていきます。

1994年、高校1年生の時には、なんと、ホリプロタレントスカウトキャラバンも、九州地区から参加。

しかし、実際にやりたいのはロックという事で、バンドを結成。高校2年のときに出場した、ヤマハ主催のティーンズ・ミュージック・フェスティバルでは、見事に全国大会の奨励賞を獲得。ちなみに、この時のグランプリは、あのaikoさん。

そして、翌年にはヤマハのミュージック・クエスト決勝大会にソロで出場して優秀賞を受賞。その時の受賞曲が、「ここでキスして」でした。アマチュア時代から、歌っていた曲です。この曲で注目をあつめ、プロへの道が開けました。

自分の体験を元に曲作りをするという、椎名林檎さん。この曲は、当時付き合っていた、彼の事を歌っていると言われています。

歌詞に出てくる、「シド・ヴィシャス」は、パンクバンドの元祖と言われる、セックス・ピストルズのベーシストの名前。やんちゃな青年であったシド・ヴィシャスと、彼の姿を重ねて歌っています。

椎名林檎さんも、思い入れのある大好きな曲ですが、デビュー曲は、この曲ではなく、1998年に「幸福論」でした。それは、彼女の意思とは別に、レコード会社によって決められた事で、今よりも、ポップなカラーで、売り出される事になります。

それに逆らうように作ったのが、2枚目のシングル「歌舞伎町の女王」それで過激なイメージを作り出しました。そして、3枚目にして、やっと世に出たのが、アマチュア時代からの曲「ここでキスして」だったのです。

この曲には、思い入れがあり、その後結成した「東京事変」の曲「女の子は誰でも」の歌詞の中に、「ここでキスして」という意味の「Give your kiss to me now.」という英語のフレーズを入れ込んでいます。

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