「SUMMER SUSPICION 」杉山清貴&オメガトライブのデビュー曲 1983年4月21日リリース
メジャーデビューの為オリジナル曲を捨てろと言われた
杉山清貴さんの音楽のスタートは、ビートルでした。小学4年生のときラジオでビートルズの『イエスタデイ』を聴き、中学入学までにビートルズのレコードをすべて買い揃えたほどです。
ビートルズの中でも、ジョージ・ハリスンにあこがれていました。なので、ジョージの持つギターが欲しくてたまらなかったのですが、中学時代、なぜか、最初に買ったギターはフォークギターでした。
音楽の幅はどんどん広くなり、R&Bやブルースを経由し、1970年代の後半には、ウエストコーストのドゥービーブラザースや、TOTO、ジャーニーなどのAORをカバーするアマチュアバンドで活動する事に。その名は「きゅうてぃぱんちょす」
しかし、この頃、杉山さんには一つの悩みがありました。ブルースやサザンロックを歌おうとしても、自分の声はキレイ過ぎ、独特の渋さが出ません。そこで、酒を浴びるほど飲んで、タバコをふかし声を潰そうした事も。でも、すぐに元の声に戻ってしまいます。
こんな事を繰り返すうちに、喉はどんどん強くなり、綺麗な声量のある、今の、スタイルズが出来はじめました。
ちなみに、サングラススタイルが印象的な、杉山さん。これは若い頃、ライブの前に大酒を飲んで、顔が腫れてしまい、それを隠すためにサングラスをかけたところ好評だったため。
洗練された今の杉山スタイルですが、実は、それを作り上げたのは、こうした若さゆえのワイルドな出来事が、意外な方向へ作用して、出来上がっていったのです。
さて、アマチュアからメジャーデビューする時、杉山さん達は、大きな決断を迫られる出来事がありました。
杉山さん達は、メジャーデビューへの足がかりをつかむために、1979年、当時のバンドの登竜門と言われていた、「ヤマハ ポピュラーソングコンテスト」通称「ポプコン」第18回大会に出場します。しかし、惜しくも入賞を逃してしまいました。
でも諦めず、翌年も、「ポプコン」に再び出場。杉山さんが作詞・作曲した楽曲「GOSPELの夜」で見事入賞を果たし、「きゅうてぃぱんちょす」の元に、念願のメジャー・デビューの話が舞い込みます。
しかし、自分たちの楽曲の完成度に自身が持てず、メジャー・デビューの話を断ってしまったのです。そして、ライブハウス巡りをして、実力を固める事に。
そんな彼らを見守っていたのが音楽プロデューサー、藤田浩一さんです。藤田さんは、メジャーデビューの為の条件を出しました。それは「きゅうてぃぱんちょす」のオリジナル曲ではなく、プロの作曲家が作った楽曲を歌うなら…という条件でした。杉山さん達は、大きな選択を迫られました。そして、選んだ答えは、メジャー・デビュー。
その結果、バンド名も変更する事になりました。こうして誕生したのが「杉山清貴&オメガトライブ」
1983年4月に、林哲司さん作曲、康珍化さん作詞のこの曲で、華々しくデビューする事になるのです。
ビーチリゾートをイメージさせるコンセプトが当たり、「杉山清貴&オメガトライブ」の人気が高まりデビュー曲でありながら代表曲に。その後、ヒット曲を連発する事になるのでした。