「HERO」Mr.Children 2002年12月11日リリース
唯一、ライブで感極まって歌えなくなってしまった曲
HEROは桜井さんが小脳梗塞から復帰した後に発売された、5ヶ月ぶりのシングルです。2001年の9.11アメリカ同時多発テロでの際、人命を救助する警察官や消防士を英雄視し、それを過剰に賛美するヒロイズムな風潮に桜井さんは少し違和感抱きました。
「そんな事より、普段着で子供を公園で遊ばせている、お父さんやお母さんが、その子にとってのヒーロー」大それたヒーローになれずとも、自分の子供にとってのヒーローになれればいいのではと思い、書いた曲です。
この曲は、小脳梗塞になる前から存在していた曲ですが、レコーディングはされておらず、闘病後に歌う事になりました。退院はしましたが、まだ体力面などで全快とはいかず、サビを張って歌うのはムリだという事になり、1番2番のサビはファルセットで歌う事にしました。でも、最後の最後に、力を振り絞って地声でサビを歌い、その姿にメンバーや小林武史さんも感動しました。
また入院前に書いていた曲ですが、闘病を支えてくれた家族、スタッフに対する想いも加わりました。今度は僕が手を差し伸べるHEROになりたいと。
さて、ライブで涙など見せない桜井さんですが、唯一泣いたのが、2005年に行われたap bank fesでの「HERO」を歌っていた時。
小さい頃に身振り手振りを真似てみせた
という歌詞の所で、グッと来てしまったのです。
桜井さんは中学時代に浜田省吾さんの大ファンで真似をして歌っていたのですが、そのフェスには浜田省吾さんも出演していました。浜田省吾さんが歌い終え、桜井さんと握手とハグをしてステージを降りました。
その後、桜井さんが「HERO」を歌い始めたのですが、感動で時折声を震わせながらも、我慢して歌い続けていました。
さらにこのフェスには、ミスチルが好きと公言してくれていたスキマスイッチも出演していて、憧れの連鎖が一つになった事に気づき、想いが溢れてしまったのです。
1番、2番は歌いきりますが、最後の地声のサビの所で、ついに声を詰まらせて歌えなくなってしまったのでした。
この桜井さんが感極まって歌えなくなったシーンは、「ap bank fes’05」で見ることができます。