「ジョニィへの伝言」ペドロ&カプリシャス 1973年3月10日リリース
演歌や歌謡曲とは違う「無国籍ソング」として愛され、「五番街のマリーへ」とセットの曲
ペドロ&カプリシャスは、初代ボーカル、前野曜子さんを迎えて、1971年にデビュー。「なかにし礼」さんが作詞した「別れの朝」という曲をヒットさせました。ちなみに、グループ名の「ペドロ&カプリシャス」、ペドロは、リーダーのペドロ梅村さんの名前から、カプリシャスは、英語で「気まぐれな」という意味です。
1973年に、2代目ボーカルの高橋真梨子さんが参加。その初めてのシングル曲の、楽曲提供者として、白羽の矢が立ったのが、当時ヒットを飛ばしていた、阿久悠さんと都倉俊一さんのコンビでした。
阿久悠さんは、「なかにし礼」さんが、初代ボーカルに提供した楽曲「別れの朝」を越えなければならないと、それまでの歌謡曲にはない、新たな世界観を作り上げる事にしました。
まずは女性像を変える事にしました。それまでは演歌を中心に「耐え忍ぶ女の姿」を描かれた歌が多かったのですが、自分の意思で自立した、強い女性を描く事を心がけました。
また、当時の歌謡曲は、自分の心情、心の中の声を歌う事が多かったのですが、映画の1シーンのように、誰かが客観的に見ている約3分半の物語を作る事にしました。
さらに、演歌とは真逆の、日本を感じさせない風景にする為、登場人物の名前を「ジョニィ」にする事にし、場所も、日本なのか、外国なのか、どちらにでも取れる設定にしました。
こうして生まれた「ジョニィへの伝言」は、これまでの演歌や歌謡曲とは違うので、「無国籍ソング」と呼ばれるようになっていきます。
シングルチャートは、最高24位止まりでしたが、100位以内には42週、約10ヶ月の間ランクインして、長く愛される歌となりました。
そのため、発売した年ではなく、翌年の紅白歌合戦に、この曲で、初出場する事となっています。
のちのこの曲の続編、男性目線で別れのその後が描かれた「5番街のマリーへ」が作られました。別れたカップルマリーとジョニィそれぞれの目線の歌、この曲を両方聴く事で、映画のようなストーリーが幅を広げます。
【カバー】