父の葬儀で息子・美勇士はこの曲を泣きながら歌った!「月のあかり」桑名正博

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「月のあかり」桑名正博
1978年7月5日リリース

2012年10月26日に、多くのファンや音楽関係者から惜しまれつつ59歳で、他界した、桑名正博さん。脳幹出血で倒れたのは、7月15日。病院に担ぎ込まれたとき、医師からは、12時間ももたないだろうと宣告されました。

病院にかけつけた、息子の美勇士さんは、桑名さんの耳元で話しかけ、励まし続けました。病室には使っていたギターが持ち込まれ、いつ意識が回復してもすぐに歌が歌えるようにしました。そして美勇士さんも、父親である桑名正博さんの歌を口ずさみました。12時間もたないと言われた、桑名さんでしたが、その後、3ヶ月も病と闘い続け、担当医も、その生命力の強さに驚いたそうです。しかし、ついに力尽きます。

葬儀には、彼の友人であるミュージシャン達が集まり、最後まで病気と闘った彼を大いに称え、敬意を表しました。

そして、父親を送り出す歌として、長男の美勇士さんは、桑名さんが一番好きだった曲と紹介し、この歌を歌い始めました。それが「月のあかり」歌の途中で涙が止まらず、号泣してしまった美勇士さんですが、桑名正博さんの妹の晴子さん支えられながら、最後まで歌い切りました。

愛していた人との別れを、照れながら歌った曲なのですが、歌詞の「長い旅になりそうだし、さよならとは違うし、この街から出てゆくだけだよ」というフレーズが、桑名さんの別れと重なり、参列者の胸を打ちました。

桑名正博3枚目のアルバム「テキーラムーン」に収録されていたこの曲。当初、シングルカットではありませんでしたが、多くの人に愛され、カラオケで歌い継がれ、彼の代表曲に。

本人が一番好きな曲という事で、1988年にセルフ・カヴァーし、念願のシングル・カットもしています。秘密のケンミンショーでは、40過ぎた大阪人なら、誰でも歌えるカラオケの定番ソングとして、紹介されています。

桑名美勇士+桑名正博+アン・ルイスによる、 究極のラブ・ソング「ONE」

桑名正博の息子“美勇士”さんが作詞・作曲。桑名正博さんが倒れる2ヶ月前に、美勇士さんが聴かせた「ONE」のデモに正博さんが感銘。桑名さんが大サビの作詞を手がけ、レコーディングを行いました。その後、活動休止中の母アン・ルイスに自ら依頼し、VOCAL参加が実現。 まさに奇跡的に完成した、“家族の絆”をテーマにしたラブ・ソングです。

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