「翼の折れたエンジェル」中村あゆみ 1985年4月21日リリース
空き巣に入られ、怖くて逃げ込んだお店でプロデューサーとの出会いが!
両親の離婚の影響で、父親の家で暮らしたり、母親の家で暮らしたりと、環境が落ち着かなかった、中村あゆみさん。高校の時に、単身上京し、昼間はOLとして働きながら、夜は定時制の高校に通っていました。しかし、親元を離れた開放感からか、毎晩ディスコに繰り出し、荒れた生活を送る日々。
当時は歌手になりたいという願望もなく、レコードも1枚も持っておらず、ディスコで踊る以外、音楽には興味がありませんでした。
そんな彼女の運命を変えたのは、自宅に空き巣に入られるという事件。
帰宅すると、自宅に空き巣が入っていて、部屋がメチャメチャに。お金も盗まれ、途方に暮れた中村あゆみさんは、怖くなり、知り合いが経営する、飲み屋さんに逃げ込みました。そこに、飲みに来ていたのが、プロデューサーの高橋妍さん。
ALFEEに「メリーアン」や「星空のディスタンス」などの楽曲を提供していた人です。
そのお店で、中村あゆみさんのカラオケを聞いた高橋さんは、こう言いました。『キミは絶対にロックが歌える!俺にプロデュースさせてくれ!』当時10代の女性で、ハスキーボイスを売り物にしている女性歌手はおらず、女性ロックシンガーとして、唯一の存在になれると思ったのです。
この出会いがキッカケとなって、歌のレッスンを受け佐野元春さんの『SOMEDAY』と『ガラスのジェネレーション』の2曲を吹き込んだデモ・テープを作成し、レコード会社に売り込みました。
こうして、1984年に「ミッドナイトキッズ」でデビュー。全国のライブハウスを回りながら、ライブでの人気曲だった「翼の折れたエンジェル」を、3枚目のシングルとしてリリースすると、40万枚を売り上げる、大ヒットに!
ザ・ベストテンにも10週連続ランクインし、中村あゆみの存在は、全国に知れ渡りました。
この歌は、カップヌードルのCMソングのイメージが強いですが、CMの為に書き下ろされた曲ではなく、デビュー以来、ライブで歌い続けてきた、オリジナル曲だそうです。
【カバー】