YMO「ライディーン」元々は相撲取りの名前だったタイトルをロボットアニメ風に

「ライディーン」YMO 1980年6月21日リリース

元々は相撲取りの名前だったタイトルを、アニメのタイトルにチェンジ!

YMOの結成秘話として有名なのは、細野晴臣さんの自宅に、高橋幸宏さんと、坂本龍一さんが呼ばれ、おにぎりを食べながら新たなユニットのコンセプトを説明され、それに賛同してYMOが結成されたというもの。

細野さんは以前から、白人音楽でも黒人音楽でもない、東洋が生み出す独自の世界「イエローマジック」という構想を持っていました。

その新たな音楽を、一緒にやれるメンバーとして選ばれたのが、細野さんの「はらいそ」というアルバムの、レコーディングの際に共演した高橋幸広さんと、坂本龍一さんでした。そこで自宅に呼んで、二人を口説き落としたのです。

今では、ノートパソコンが一台あれば、打ち込みの音楽が出来る時代ですが、当時は、コンピューターを使った音楽がまだ出たての時期。
細野さんは、ドイツのバンド「クラフトワーク」が、コンピューターを使っ、演奏するのに影響を受け、自分もやってみる事に。

クラフトワークの音楽をマネても、それに追いつく事は出来ない。そこで1つのエッセンスを取り入れる事にしました。それは西洋人が思い描く東洋。

映画でも、日本と中国が混じったような、間違った東洋が描かれますが、その雑多な雰囲気の方が逆に外国人にウケがいい事に気づいたのです。そこで面白いものはどんどん取り入れて行くことにしました。

例えば、初期のアルバムジャケットに登場する赤い衣装は、大正時代のスキーウエアをモチーフとしたものだったのですが、人民服に似ていると言われて赤い人民服とする事に。

そして「ライディーン」。元々は、雷電という、江戸時代の相撲取りの名前で、その肖像画など浮世絵の世界をイメージさせる曲だったのですが、アメリカで日本のロボットアニメ「勇者ライディーン」が流行っていると聞き「雷電(らいんでん)」を「ライディーン」と、変更する事に。

こうしてYMOは、面白さを積極的に取り入れ、不思議で雑多な東洋の世界「イエローマジック」を作り上げていったのでした。

YMOが生み出したテクノポップと同時に流行したのが、もみあげを切り落とした、テクノカット。こちらは、コンピューター音楽で大きな影響を受けた、クラフトワークの髪型をマネしたものだったそうです。

【カバー】

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